国に三不祥あり。
賢人あるを知らず一不祥、
知って用いざる二不祥、
用いるも任ぜざる三不祥
(訳)国を治めるのに三つの良くないことがある。賢人がいるのを知らずにいること、いるのが知っていながら用いないこと、用いても任せないでいること。
太田道灌は扇谷上杉家の重臣で、北関東の古河公方に対抗し守りを固めるために、岩槻城、江戸城を築城、また数々の軍功を上げ、声望は主君を凌ぐほどであった。
しかし、道灌が謀反を企んでいると讒言するものがあり、主君定正に対し、道灌は弁明しなかった。
しかし、「
太田道灌状」の中で今まで忠節を尽くしてきた自分に対し、このような疑いをかけられたことへの嘆きを伝えたが、疑念は晴れなかった。
道灌は定正邸に招かれ、
風呂に入り無防備な状態のときに暗殺される。
このときに「当方滅亡(扇谷上杉家もこれで滅びる)」という言葉を残したといわれる。